top of page

強迫症のCBTにおける「適切なギャップ」をどう考えるか

8月16日
読了時間: 14分

最近、強迫症のCBTについて考える機会があったので、せっかくなので記事にしてみました。専門的な内容かつ長いですが、興味のある方はどうぞ。



強迫症のCBTにおける「適切なギャップ」をどう考えるか

~期待違反の操作から反応・主体性・生活目標を支える実践へ~

 強迫症に対するエクスポージャーと反応妨害(ERP)では、予期していた結果と実際の結果との不一致、すなわち「期待違反(Expectancy Violations)」が新しい学習を促すと考えられています。私はこの考え方そのものを否定しているわけではありません。ただ、「期待違反を治療機序として重視すること」と、「臨床家がギャップの大きさを直接・精密に操作しようとすること」は、分けて考える必要があると思っています。


 私自身、以前はSUDsを用いて症状を階層化し、その順番に沿ってエクスポージャーを組み立てる方法を中心に実践していました。しかし現在は、そのやり方をかなり変えています。今回は、なぜ私の実践が変化したのか、そして今は何を手がかりに課題を作っているのかを、期待違反の理論と照らし合わせながら整理します。以下は、あくまで私の臨床経験に基づく実践上の立場です。


本稿の中心的な考え

「適切なギャップ」は、事前に数値として精密に設計するものというよりも、本人が自分で選んだ課題に取り組み、回避や儀式行為を減らし、新しい行動を実行できた経験のなかに、結果として生じるものではないか。

 

目次


期待違反は直接の介入目標となるか?

 

 制止学習理論の観点からは、エクスポージャーによって「恐れていた結果」と「実際に起きた結果」の食い違いが生じることが、新しい学習に重要だと考えられています(Craske et al., 2014, 2022)。また、強迫症のERPにおける期待違反や馴化の役割、脅威予期の変化と治療成績との関連も検討されています(Elsner et al., 2022; Pittig et al., 2023; Zbozinek et al., 2026)。


 一方で、「ギャップは大きいほどよい」と単純に考えることはできません。大きなステップと小さなステップを比較する研究もあり(de Jong et al., 2023)、臨床では本人が課題に取り組めること、回避や儀式行為を実際に減らせること、経験を次の行動につなげられることまで含めて考える必要があります。理論上、アウトカムと関連する変数であっても、それがそのまま臨床家にとって操作しやすい変数であるとは限りません。


 私が区別したいのは、「期待違反が治療効果を説明する過程であること」と、「期待違反を直接の介入対象にすること」です。前者が重要であるとしても、後者がいつも最善とは限りません。むしろ、ギャップの設計に意識を向けすぎることで、本人の体験や治療関係から離れた課題が作られることがあります。



以前はSUDsと不安階層表が中心


 私自身、最初の頃は、SUDs(Subjective Units of Disturbance Scale:主観的不快尺度)を使って苦手な場面を並べ、不安階層表を作る方法を主流としていました。症状や場面をリストアップし、それぞれを0~100で評定し、低い項目から順番に取り組んでいくという、比較的オーソドックスな進め方です。


 ギャップを意識させるために、たとえば「どんなに現実離れしていてもよいので、SUDs100に相当する最悪の事態を考えてみてください」と尋ね、そのあとで「普段、本当に起こると思っていることはどの程度ですか」と確かめることもありました。この方法は、たしかに最悪のイメージと日常的な予期との差を見えやすくします。理屈のうえでは、期待と現実のギャップを扱う手続きとして、とても整っています。


 ところが、臨床で続けていくうちに、論理的には整っていても、本人の学習や行動変容にうまく結びつかない場面があると感じるようになりました。アセスメントのために作ってもらった「最悪のストーリー」が、いつの間にか本人の本来の予期として扱われ、そのストーリーを検証する課題が組まれてしまうことがあったからです。本人の日常的な体験よりも、面接のなかで人工的に作られたイメージのほうが前面に出てしまうのです。


 また、階層表があると、治療者もクライエントも「次はどの項目に進むか」「もっと高い項目へ行くべきか」に注意を向けやすくなります。その結果、生活のなかで本当に取り戻したいことよりも、階層を進めること自体が目標になったり、課題設定が治療者主導になったりすることもありました。こうした経験から、私はSUDsや階層表を使うかどうかではなく、それらにどこまで治療の決定権を与えるのかを見直すようになりました。



脅威の探索と本来の予期を区別する


 本人が何を恐れ、何に嫌悪感を抱いているのか、恐怖の方向性は加害なのか被害なのかを理解するために、脅威を探索することは重要です。「たとえば、こんなことが起きたとしたら、どちらのほうが嫌だと感じますか」と尋ねることで、恐怖や嫌悪の構造が見えやすくなることがあります。これはアセスメントとして、とても役立ちます。


 ただし、そこで生成された最悪のストーリーは、「最も嫌なイメージ」ではあっても、「本人が日常的に本当に起きると予期している結果」とは限りません。問題は、脅威イメージを探索することではなく、探索の過程で作られたイメージを、そのままエクスポージャーで検証すべき予期として扱うことです。


 予期を把握する目的は、強迫症が本人に何を恐れさせ、どのような回避や儀式行為を要求しているのかを理解することにあります。予期を精密に数値化・言語化すること自体が治療目標ではありません。アセスメントで得られた材料と、実際の介入で扱うべき行動を区別することが必要です。



反応・主体性・生活行動を意識する


 現在の私は、予期をまったく尋ねないわけではありません。ただし、ギャップを精密に数値化したり、事前に最大化したりすることへの意識配分は、以前よりかなり少なくなりました。その代わりに、次の四つへ多くの注意を向けています。


  • どのような不快感、嫌悪感、違和感、切迫感が生じているか

  • その不快感に対して、どのような回避や儀式行為をしたくなるか

  • 本人が、どの行動であれば「試してもよい」と思えるか

  • その行動が、本人の取り戻したい生活とどうつながっているか


期待違反や期待更新は、この条件が整い、本人が強迫症に従わない行動を選んだ結果として生じるものと捉えます。つまり、ギャップか反応かの二者択一ではなく、臨床家がどこへ意識を配分するかという問題です。

 

以前と現在の違いを整理すると…

以前、重視していたところ

現在、より重視しているところ

予期を精密に言語化する

予期は必要な範囲で把握し、脅威イメージと本来の予期を区別する

大きな期待違反を設計する

本人が新しい反応を試せる条件を整え、期待違反は結果として捉える

SUDsで難易度と順番を決める

不快感を、課題調整の手がかりとして用いる

階層の低い課題から順に進める

生活目標、本人の意欲、治療関係から課題を共同生成する

恐れている結果が起きるかを検証する

強迫観念や不快感があっても、回避・儀式行為を選ばない

課題達成やSUDs低下を成功とする

主体性、達成感、自己効力感、生活機能の改善を重視する

階層表を完遂する

当初の生活目標が達成されれば、必要な時点で治療を終了する

 


課題調整のハンドルとしての不快感


 強迫症では、「何が起きると思うか」という命題的な予期よりも、「ヤバい」「気持ち悪い」「モヤモヤする」「しっくりこない」といった感覚のほうが、本人にとって明瞭なことがあります。こうした不快感を扱う目的は、不快感そのものをすぐに下げることではありません。


 私が不快感を確認するのは、本人が課題に関与できそうか、儀式行為がどの程度誘発されそうか、そしてその場で新しい反応を選べそうかを見立てるためです。抽象的なギャップの大きさを正確に調整しようとするよりも、不快感と反応を手がかりにしたほうが、課題の負荷を柔軟に調整しやすいと感じています。


 大切なのは、不快感がなくなるまで待つことではなく、不快感がありながらも、強迫症が求めるものとは異なる行動を選べる範囲を探すことです。課題が軽すぎて新しい反応が生じないのであれば調整が必要ですし、重すぎて儀式行為や回避が強まるのであれば、やはり調整が必要です。ここで見ているのは、ギャップの数値ではなく、課題が成立する条件です。



認知が浮かんだ後の反応を変容する


 「本当に恐れていることが起きるか、試してみましょう」と促しても、それだけでは行動変容につながらないことがあります。本人には、「あなたの恐れは考えすぎなので、それを証明しましょう」と聞こえてしまい、抵抗や自己防衛が強まる場合があるからです。


 それよりも、強迫観念が浮かんだときに、「また『ヤバい』と思っているな」「大変かもしれないけれど、まあいいか」「分からないままでも、今やることを続けよう」といった「反応」を作ることを重視します。これは、認知を反駁したり、かき消したりするための声かけではありません。認知が存在していても、回避や儀式行為を選ばないための声かけです。


 認知内容のアセスメントには価値があります。しかし、認知を十分に変えてから行動へ進もうとすると、課題開始までに時間がかかります。また、強迫症では、認知再構成が安心保証や認知的な儀式として機能する可能性もあります。エクスポージャー前の認知再構成と行動実験の位置づけについては、研究上も検討されていますが(Johnco et al., 2025)、少なくとも臨床では、認知変容を必ず先行させる必要はないと考えています。


 そのため、予期は必要な範囲で把握しても、事前に説得して引き下げることを目標にはしません。予期を論破せず、不快感への反応を整え、試しに行動を変え、その経験を本人と振り返る、という順序を基本にしています。



最悪の場面を熱心に作るより、まず最初のエクスポージャーを達成する


 現在は、初めから本格的な訓練や大きなチャレンジとして提示するよりも、日常的に起きている強迫症状を素材にして、「エクスポージャーテスト」のように、一回だけ試すことがあります。たとえば、普段している儀式行為について、次のように尋ねます。


課題を始めるときの問いかけ

「これをしなかったら、どのような感じになりそうですか」「試しに一回だけ、少しやり方を変えてみますか」

 

 ここでは、特別な最悪場面を作る必要はありません。本人が普段困っている場面で、本人が試してもよいと思える範囲を一緒に探します。一回の経験を通して、「思ったよりできた」「不快感はあったけれど、儀式をせずに行動できた」「もう少し試してみたい」と感じられれば、その後は本人の側から課題を進めやすくなります。


 この達成感は、期待違反そのものと完全に同じではありません。しかし、課題が本人の主体性や自己効力感につながったことを示す、重要な臨床指標です。私の実感では、ギャップの数値よりも、「もう一度やってみたい」と思える経験が生じたかどうかのほうが、次の行動に結びつきやすいことがあります。



課題設定そのものを、治療関係上の介入と考える


 セラピストが「次はこの予期を検証しましょう」「この課題に挑戦しましょう」と先行すると、本人には「あなたの恐れは考えすぎです」と受け取られることがあります。これは、動機づけ面接でいう「間違い指摘反射」に近い相互作用を生み、課題への抵抗を強める可能性があります。


 適切な課題は、SUDsの数値から機械的に選ぶものではなく、本人とセラピストのやり取りのなかで共同生成されるものだと考えています。そのとき、私は次の点を確認します。


  • 生活のなかで、何を取り戻したいのか

  • 本人が、何であれば試してもよいと思えるのか

  • 現在、どの程度の不快感に向き合えそうか

  • どの回避や儀式行為を、少し手放せそうか

  • 試した経験を、本人がどのように受け止められそうか


 同じ課題でも、治療者から押しつけられた場合と、本人が「一度試してみたい」と選んだ場合とでは、エクスポージャーの意味が異なります。「適切な課題」の条件には、難易度だけでなく、本人の主体性と治療関係も含まれます。課題の内容だけでなく、誰が、どのようなやり取りを経て決めたのかが重要なのです。



不安階層表は強迫症の地図として使う


 不安階層表は、症状や苦手場面を可視化する道具として役立ちます。私は階層表そのものを否定しているわけではありません。ただし、治療の順番や課題の正しさを決める装置として用いると、日によって変化する不快感を固定化し、人工的に作られた予期を課題にしやすくなります。


 そのため現在は、症状や苦手場面をリストアップしても、必ずしもSUDs順に並べません。階層表というよりも、「症状の地図」あるいは「課題候補のメニュー」として扱います。その時点の状態、本人の意欲、生活目標に応じて、どこから取り組むかを柔軟に選びます。


 もちろん、本人のその場の感覚だけで選び続けると、低強度の課題にとどまる可能性はあります。しかし、その解決策として固定的な階層表へ戻る必要はありません。「現在の取り組みだけで、目標としていた生活が実現しているか」「強迫症に制限されている領域がまだあるか」「目標達成のために、もう一段の行動が必要か」を一緒に検討します。必要であれば、セラピストはもう少し治療的な行動を提案しますが、最終的には本人が納得して選べる形にします。



治療効果は階層の達成率ではなく生活機能で判断する


 不安階層表のすべてをクリアすることは、治療目標ではありません。一定の症状や不快感が残っていても、当初の生活目標が達成され、儀式による生活上の制限が十分に減り、本人が今後の対処方法を身につけ、さらなる治療を必要としていないのであれば、治療を終了することは妥当です。


 治療の中心は、「どこまで強い不安に耐えられるようになったか」ではなく、「どのような生活を取り戻したか」です。どこまで課題を難しくするかも、どこで治療を終えるかも、階層表ではなく生活目標の達成度から判断します。



日本の臨床で感じる感覚先行の可能性


 以前から一部の派閥では、身体感覚に焦点化したERPが実践されてきました。日本で強迫症の臨床をしていると、最悪のストーリーを論理的に説明することよりも、「ゾワッとする」「モヤモヤする」「ベタベタする感じがする」「しっくりこない」といった感覚表現のほうが、本人の体験に近いケースが少なくありません。命題的な予期より、嫌悪感や違和感のほうが明瞭に語られることがあります。


 そのような場合、認知の言語化を治療の入口にするよりも、不快感や感覚的な反応を入口にして、そこから回避・儀式行為と行動選択を扱う「感覚先行」の進め方のほうが実践しやすい可能性があります。


 ただし、これは「日本人は認知の言語化が不得意だ」という一般化ではありません。日本語のオノマトペの豊富さや感覚表現との関係は興味深いものの、現段階では臨床経験から導かれた仮説に留まると思います。文化差として検証された結論ではないことを、明確にしておく必要があります。



「適切なギャップ」よりも「適切な課題成立条件」を問う


 私にとって「適切なギャップ」とは、事前に数値として決めるものではありません。本人の予期や不快感がある程度動きながらも、本人が新しい反応を選び、生活目標に向かって行動できた経験のなかに、結果として生じるものです。


 臨床家が比較的直接に調整できるのは、ギャップの大きさそのものよりも、次のような課題成立条件だと考えます。


  • 本人が「試してもよい」と思えること

  • 予期や不快感が、学習に必要な範囲で動いていること

  • 回避や儀式行為を実際に減らせること

  • 課題後に主体性、達成感、自己効力感が残ること

  • 取り組みが本人の生活目標とつながっていること


 この条件が整ったとき、期待違反や期待更新は、新しい反応を選んだ経験のなかで生じます。期待違反を軽視するのではなく、「臨床家が直接扱いやすい変数」と「結果として生じる学習過程」を区別する、という整理です。



おわりに


 ここまで述べてきたように、私は期待と現実のギャップそのものを否定しているわけではありませんが、期待違反が治療効果に関与することと、それを臨床家が直接かつ精密に操作できることとは、別の問題だと考えています。


 以前の私は、予期を詳しく言語化し、SUDsを用いて階層化することで、適切なギャップを作ろうとしていました。論理的ですし、分かりやすいため、もしかしたら発達症が背景にある方には、こういうやり方が向いている場合もあるかもしれません。


 ただ現在は、ギャップへの意識配分を減らし、不快感や儀式をしたくなる反応、本人が選べる行動、そして生活目標へ、より多くの注意を向けています。予期は必要な範囲で把握しますが、その内容を反駁したり、精密に言語化・数値化したりすることを必須とはしていません。


 そのほうが課題を始めやすく、本人の自発的な取り組みにもつながりやすいと、私は感じています。私が重視しているのは、ギャップをどこまで大きくできたかではなく、本人が強迫症の求めるものとは異なる反応を選び、その人が取り戻したい生活へ一歩進める課題が成立したかどうかです。適切なギャップは、臨床家によって設計されるものというよりも、そのような治療的経験が成立した結果として生じるものだと考えています。



参考文献

  1. Craske, M. G., Treanor, M., Conway, C. C., Zbozinek, T. D., & Vervliet, B. (2014). Maximizing exposure therapy: An inhibitory learning approach. Behaviour Research and Therapy, 58, 10-23. https://doi.org/10.1016/j.brat.2014.04.006

  2. Craske, M. G., Treanor, M., Zbozinek, T. D., & Vervliet, B. (2022). Optimizing exposure therapy with an inhibitory retrieval approach and the OptEx Nexus. Behaviour Research and Therapy, 152, 104069. https://doi.org/10.1016/j.brat.2022.104069

  3. Elsner, B., et al. (2022). Mechanisms of exposure and response prevention in obsessive-compulsive disorder: Effects of habituation and expectancy violation on short-term outcome in cognitive behavioral therapy. BMC Psychiatry, 22, 66. https://doi.org/10.1186/s12888-022-03701-z

  4. de Jong, R., et al. (2023). Treating specific phobia in youth: A randomized controlled microtrial comparing large and small exposure steps. Journal of Anxiety Disorders, 96, 102712. https://doi.org/10.1016/j.janxdis.2023.102712

  5. Pittig, A., et al. (2023). Change of threat expectancy as mechanism of exposure-based psychotherapy for anxiety disorders: Evidence from 8,484 exposure exercises of 605 patients. Clinical Psychological Science, 11(2), 199-217. https://doi.org/10.1177/21677026221101379

  6. Johnco, C. J., Norberg, M. M., Wuthrich, V. M., & Rapee, R. M. (2025). Cognitive restructuring before exposure therapy or behavioral experiments? Journal of Consulting and Clinical Psychology, 93(5), 369-381. https://doi.org/10.1037/ccp0000953

  7. Zbozinek, T. D., Rosenberg, B. M., Treanor, M., & Craske, M. G. (2026). Expectancy updating predicts anxiety symptom reduction from exposure therapy: Predictive analyses from a randomized clinical trial. Behaviour Research and Therapy. https://doi.org/10.1016/j.brat.2026.105040


最新記事

すべて表示
「無理させない」と言われたら:子どもの精神疾患と学校対応

医療機関から「学校では無理をさせないように」と伝えられたとき、学校はどのように対応すればよいのでしょうか。体育は休ませた方がよいのか。行事には参加してよいのか。体調が悪そうなときは、本人に声をかけるべきか、それとも静かに見守るべきか。「無理をさせない」という言葉だけでは、具体的な対応を決めることはできません。 医療機関は診断や治療に関する情報をもっていますが、学校が必要としているのは、「どの場面で

 
 
MTSS(多層型支援システム)についての理解を深めよう

MTSSの基本概念: MTSS(多層型支援システム;Multi-Tiered System of Support)は、上図のように、支援の段階を3層構造で捉えるところが特徴的です。 それぞれの支援についての考え方自体は、真新しいわけではありませんが、包括的な視点をもたらしてくれるのが、MTSSの良いところです。段階に応じて、支援を柔軟に変えていくという発想が、MTSSの本質的な部分です。

 
 
学校で問題が起こったときのフローについて

学校で不登校やいじめ、精神的不調などの問題が発生したときに、 どういったフローが望ましいのか、フローを進めるうえでは何が必要なのか、 考えてみたいと思います。 * 学校での問題発生時のフローについて * さっそくですが、上図は、私が想定している学校における問題発生時の基本的な対応フローです。まずは、この流れを簡潔に整理しつつ、各段階のポイントを押さえていきます! 1.問題発生 「問題」と一口に言っ

 
 

HOME > ブログ

和-conneロゴ
bottom of page